一宮まごころの成り立ちからこれまでの活動の紹介です。
《準備期》平成3~4年
・はじめに
急速な高齢化に加え、核家族化、近隣関係の変化等社会状況は人生80 年時代の高齢者問題を一層深いものにしていた。
介護の長期化、介護者の高齢化は家族での介護力を低下させ、いわゆる介護地獄が表面化しはじめていた。
介護は 家族が行うものであり、公的な措置福祉には関心が及ばず、利用もあまりなく、利用されないサービスは増えていかない要素になっていた。
先行き不安な介護を自らの課題とし、安心して、ふつうに、いつまでも地域で暮らし続けるため、一人がひとりに呼びかけ、《安心の窓口》の構築を目指し 、
助け合い活動による介護の社会化 に向けた活動を行うことになった。
平成4 年6月
(皇太子さま、雅子さん結婚の儀)
・会立ち上げ準備に入り、先ずボランティアグループ「コスモス」を発足。
◇介護、福祉の実情把握(一宮市の福祉の実情調査や施設、病院、在宅ボランティア、勉強会など)
◇活動の方針検討から決定へ
①対等な関係を守り互いに認め合う活動を基本とする(やってあげる、やってもらう活動ではない)
②有償の助け合い活動とボランティア活動の併用。
ボランティアは無償が原則ですが、在宅支援は定期的、継続的なケアが必要な支援であり 、無償では依頼しにくく、会の方針である対等な関係が作りにくい。交通費など最少のケア活動をいただく有償活動とすることとした。
③会員制(利用、協力、賛助会員)
④時間預託制の 導入(活動時間を預託し必要になったら引き出し使う。当会は日本ケアシステム協会傘下に)
⑤介護の質の向上《介護とは何か》《ケアとは何か》を問い常に学ぶ。(毎月の定例勉強会の実施)
⑥提言や啓発活動に力を注いでいく(介護講座や福祉映画及び講演会の開催など)
平成5 年1月
(細川連立内閣成立)
・会の活動案内、チラシ規約等作成、一宮市役所はじめ各関係機関に配布説明訪問
・『福祉を考える集い』開催
発足を前に初めて市民に発信。一宮市福祉の現状と住民参加による活動の趣旨説明。終了後、資金作りの手作り品バザー売り上げは 55,800 円にもなった。
・「会の説明会」開催
会の趣旨説明を行う。関心の高さを確認。(この日 10名の入会者)
・施設ボランティア開始
(特別養護老人ホーム I 寮)
毎週 2 回、歩行入浴の方へ衣服の着脱の介助及び入力後のお茶の介助。
当会がボランティアに入ることで、入浴後のお茶を食堂でゆっくり飲むという施設内サービスが増えることになった。当時 、 国の基準スタッフ数は 100 床ベッド に 3 交代で 21 名 。
(平成 14 年 3 月まで 9 年間継続。 14 年 4 月から施設ボランティア部が独立し、現在継続)
平成5 年5月
・第1 回講習会「お年寄りのからだについて 」 講師‥聖心堂医院 院長 伊藤敬三先生(この日 18 名の入会者)
《何よりもお年寄りの人格を尊重する介護であれば誰でも出来る 》と介護の基本を示し激励。
発足 平成5 年6月
会の趣旨、目的だけを同じくした発起人 11 人は互いに出 資、電話だけを確保、発起人宅を事務所に発足。
先輩団体《まごころサービス瀬戸センター》さん、いちはやく趣旨にご理解をいただいた協力・賛助会員 さん、そして、事務所前の聖心堂医院院長伊藤先生ご夫妻、皆様からの多くのご支援を力としスタート。
・任意団体/住民参加型在宅福祉サービス(住民参加の在宅福祉団体はこう呼ばれた)
「尾張地域福祉を考える会・まごころサービス尾張センター」設立
(事務所‥萩原町)会員数 55 名(協力会員 28 名、利用会員 2 名、
賛助会員 25 名)時間預託制を含む有償在宅サービスと施設 ボランティア活動
・発足時から毎月定例勉強会実施(現在も継続)
・第一回介護講座開催『初級ケアワーカー養成講座』6 日間 18 時間 会員一般市民、49 名が受講
平成5 年7月
・会報「コスモス」発行(毎月1 回発行現在も継続) 聖心堂医院 院長伊藤先生
コラム欄に「宇宙塵」寄稿下さる。
・当会発足の記事が中日新聞に掲載。市内に初めて助け合いの民間在宅サービス誕生に問い合わせ相次ぐ
・一宮ビジネスセンターさんからコピー機を寄贈される。
平成5 年9月
・事務所移転(一宮市花池町)
新聞を見られた大家さんのご厚意で、会員が立ち寄れる事務所が確保。
平成5 年10月
・一宮市在宅療養支援システム実務者会議当会メンバー登録(オブザーバーで)この会議は、在宅で療養される寝たきり状態の方へ、市医師会が中心に保健、医療 、福祉の各機関が連携し、在宅療養されている方にどう支援を行うか話し合うもの。月1 回開催。